仰のブログ

94年生まれ、都内在住。文学、映画、音楽に給料をつぎ込む。

傲慢と善良~婚活に限定されない、現代人にとって普遍的な話~

【はじめに~心に残る小説の特徴~】

 何年たっても心に残っている小説の特徴に、登場人物に自分を重ね合わせられるという点があります(そうでなくても心に残る小説はたくさんありますが)。読み進めるうちに過去の体験が思い起こされて、登場人物の言動に共感できたり、当時はモヤモヤしていてよく分からなかった気持ちが言語化されているような小説です。読み終えると、自分の内面を覗かれたような怖さを感じるとともに、ズバリ言い当てられた爽快感も味わえる。

『傲慢と善良』はまさにそんな小説でした。

【あらすじとテーマ】

 西澤架は30代後半でルックスがよく、仕事でもそれなりに成功。婚活アプリを通じて知り合った坂庭真実と婚約しました。しかしその婚約者が突然姿を消してしまいます。居場所を探すために彼女の実家や以前の職場、学生時代の友人、通っていた結婚相談所を訪れ、様々な視点から浮かび上がる彼女の「過去」と向き合うことになります。

 作者いわく「恋愛小説」だそう。しかし月9的なラブストーリーではなく、恋愛・結婚とは何なのかを架と真実というキャラクターを使ってメタ的に表現した作品です。選び、選ばれるという行為がアプリなどにより昔に比べてより可視化されているから、作者はこれをテーマに書いたんだと思います。

 もう一つのテーマは自立です。進学・就職・結婚などの大事な選択で、決断したのは本当に自分自身なのか。真実の人生を通して語り掛けます。

【主人公の醜い人格が自分と重なる】

 失踪した恋人を追っていくうちに隠されていた過去が明らかになるという構成は、特段新しいものではありません。様々な小説や映画で使われています。明かされる過去も劇的な出来事はありません。ただ、明かされる真実の「傲慢」な人格、主体性を消す「善良」な人格が自分自身と重なり、読んでいて苦しくなります。

 一人の人間の中に住む人格は、意外と多いです。僕は明るいときもあれば暗いときもある。相手によって丁寧に接したりテキトーに接したりする。芸能人のスキャンダルを楽しむ下品な面もあるし、子どもへの虐待ニュースを見て憤る正義感の強い面もある。

 職場の人と話すとき、上京してからできた知り合いと話すとき、学生時代の友人と話すとき、家族と話すとき、それぞれ話し方や振る舞いが若干違います。別に演じているという訳ではなく、どれも自然に出てくる「自分」なんです。

 僕だけでなく、ほとんどの人は様々な人格を無意識のうちに使い分けているはずです。そして多くの人格を持ち合わしている中で、誰しも真実のような(あるいは架のような)人格も飼っていると思います。

 だから真実の過去が明らかになり、真実の姉や結婚相談所の仲人さんが彼女について語る言葉は、そのまま自分に当てはまります。自分の傲慢さ・醜さを丁寧に説明されているよう。極めつけは架の女友達が真実ついて評する場面です。うっかり自分の陰口を聞いてしまったようで心臓が抉られる。しかも全て正論で反論の余地もない。

 このように相当なダメージを受けますが、後半では再生と救いが描かれおり、”ファンタジック”に美しいラストを迎えます。読み終えたときには爽やかな気持ちになりました。

【すごい点~目から鱗の婚活論~】

 現代の婚活・恋活への取材量が尋常でありません。結婚相談所やアプリ、街コンなどのツールの解説に留まらず、都会と地方での婚活の差も丁寧に描いている。僕婚活やったことないから実際のところは分からないんですけど、多分こんな感じなんだろうなと。婚活始める前に読んで良かった!(するか分からないけど)就活始める前に『何者』を読むようなものだと思います。

 婚活・恋活に対して、作者ならではの分析が語られるシーンがいくつかあります。「ピンとくる相手」の正体、出会って間もない相手と結婚を決められる人の特徴など。どれも目から鱗な、卓越した人間観察力がないと書けないことです。しかも婚活に留まらず、多少なりとも関わる人を選んできた人間なら当てはまる普遍的な話でしたのでドキっとさせられました。

【敢えて難癖をつけると】

 ラストの行動に至るまでの架の心情が描かれていません。そのため、せっかくの美しいラストも”ファンタジック”に感じてしまいます。それまで徹底的にリアルに進行していたので違和感があります。

 【おわりに】

 真実や架がやっていることは特別珍しいものではありません。多かれ少なかれ誰もがやっている行為だと思います。しかしその”誰もがやっている行為”を客観的に見れることにより、裏側に潜む傲慢さ、矛盾せず同居する善良さに気が付かされます。自身の内面がより分かるようになるので、ぜひ読んでみてください。

 

傲慢と善良

傲慢と善良